沖縄県における生活習慣病克服を目指したヒトゲノム解析研究

私達、先進ゲノム検査医学講座では、沖縄県出身者を対象とした大規模なヒトゲノム解析研究を行い、沖縄県民一人一人に合った最適医療の構築により沖縄県民の健康長寿復活に貢献することを目標にしています。

 

【背景】

1985年、都道府県別の平均寿命では沖縄県は男女とも全国1位(男性76.34歳、女性83.70歳)でした。ところが、その後男性においては急速に順位が低下し、2010年には30位(79.40歳)、2015年には36位(80.27歳)まで転落しています。一方女性においても2005年までは1位(86.88歳)を守り続けていましたが、2010年には3位(87.02歳)となり、2015年には7位(87.44歳)に転落しています。この低下は平均寿命の延びが沖縄県において全国平均を大きく下回っている(2010年〜2015年、男性、41位、0.87歳/年、女性42位、0.42歳/年)ためで、その原因としては本土にさきがけて暴露された生活習慣の欧米化が関与していると考えられます。2012年厚生労働省国民健康栄養調査において肥満の指標である体格指数(Body Mass Index [BMI])をみてみると男性は全国でワースト3(24.3)女性はワースト1(23.9)となっています。1998年の沖縄県民健康栄養調査においても、20〜50台の男性、40台、50台の女性では肥満者の割合が全国平均の2倍(50%前後)となっており、沖縄県民は以前より肥満が著しい事が示されています。その後2016年の国民健康栄養調査ではBMIの平均値は男性で24.1、女性で23.8となり、県民健康栄養調査では肥満者の割合は男性38.4%、女性25.9%と改善が見られるものの依然として全国平均を上回っているのが現状です。肥満は糖尿病、心筋梗塞、肝臓病などの生活習慣病のリスクとなり、平均寿命の延びを抑制するのみならず、生活の質(クォリティーオブライフ:QOL)の低下をもたらしていると考えられます。

 

 

【ゲノムと体質】

ヒトゲノムとは細胞の核内にある染色体と細胞質にあるミトコンドリアに収められている全DNA情報です。染色体には22種類の常染色体と2種類の性染色体があり、その中におよそ30億文字(30億塩基対)の情報が含まれています。ヒトゲノムプロジェクトによりヒトゲノムの30億文字のうち、その殆ど(99.5%程度)は全人類で共通ですが、0.3〜0.5%程度に人種差あるいは個人差があることが明らかになっています。ヒトゲノムの文字の並びの個人差は遺伝子多型(いでんしたけい)とも呼ばれ、一部は生活習慣病になりやすい体質や薬の効きやすさ(薬剤応答性)および副作用の発生などと関連することが知られています(図1)。ヒトゲノム研究の進歩は目覚ましく、現時点で様々な疾患と関係する数千ヵ所以上のゲノム配列の個人差がわかっています。その情報を利用した遺伝子解析サービスも開始されていますが、現在わかっているゲノム情報は不完全である上に、ゲノム情報のみで疾患の発症を予測する事は困難であり、様々な環境因子との相互作用を考慮することが重要です。さらに、琉球地方は遺伝学的に特徴を持った集団を形成している事も知られており、沖縄県民特有のゲノム情報を明らかにする事が沖縄県民の健康を守るためには必須と考えられます。このような、ゲノム情報と環境因子を統合した解析を琉球地方で行う事で、どのような体質(ゲノム情報)をもつと、どのような対策(生活習慣改善など)が最も有効かが明らかとなり、沖縄県民一人一人に合った個別化対策が可能になります。

 

【研究の方法】

[試料および臨床情報収集]

沖縄県内の職員健診、特定健診、長寿健診受診者および県内医療機関受診者を対象にインフォームドコンセントを得たうえで(説明動画参照)、ゲノムDNA抽出のため血液7mlを採取します。血液試料は遠心後、上清は血漿サンプルとして保管し、白血球成分よりゲノムDNAを抽出します。同時に健診時あるいは医療機関受診時に得られる種々の臨床情報を取得し、先端医学研究センター内のバイオバンク分野に匿名化(連結キーあり)の上、保管します。

[ゲノムワイド関連解析]

ゲノムDNAを用いて全ゲノムの1塩基多型データを得、健診データに関するゲノムワイド相関解析(GWAS)を行います。ゲノムワイド関連解析とは生活習慣病などの成り易さに関係する情報を、全ゲノム領域を対象に調べる方法です。具体的には、ヒトゲノムに認められる数千万カ所の1文字の個人差(1塩基多型)について、疾患との関連を網羅的に調べていきます。この解析で一定の基準を満たした場合に疾患の成り易さに関係するゲノム情報であると判定します(図2)。

 

「全ゲノム配列解析」

琉球大学医学部先端医学研究センターには最新式のロングリードタイプ次世代シーケンサーが導入されています。このシーケンサーを用いて全ゲノム配列解析、標的遺伝子の網羅的配列解析などを行い、疾患の成り易さと直接かかわるゲノム情報の同定を試みます(図3)。

 

【これまでの取組と成果】

平成28年度〜30年度の沖縄県企画部科学技術振興課先端医療推進事業において、私達は沖縄県民の長寿復活を目指した先端医療推進のために、その基盤となる資源(沖縄バイオインフォメーションバンク)の構築を行いました。これまでに沖縄本島、久米島、宮古島、石垣島において12,000人以上の方から同意を得て、ゲノムDNA、血漿、健診情報を収集し、そのうち4,000人以上の全ゲノムの1塩基多型(SNP)データを得ました。その情報をもとに解析を行った結果、沖縄県民は予想以上に遺伝的多様性に富んでいることが明らかとなりました。従来、沖縄県出身者は本土出身者とは異なる遺伝的背景を持つ集団(琉球クラスター)を形成していることが知られていましたが(図4)、琉球クラスターとは異なる遺伝的背景を持つ複数の集団が存在することが示唆されています(琉球新報1面平成11月21日朝刊沖縄タイムス平成11月22日朝刊)(図5)

この結果は沖縄県民の民族形成史を知る上で有用な情報であるだけでなく、今後疾患発症と関連するゲノム研究を行う上でも極めて重要な情報と考えられます。従来、沖縄県民は琉球クラスターという遺伝的に特徴ある集団にすべて含まれると予想されていたのですが、実際にはいわゆる琉球クラスターと異なる集団が複数存在し、疾患との関連を解析する際にはこの情報を加味した解析、や、各々の集団を個別に解析することが必要であると考えられます。

一方、私達は2型糖尿病をはじめとした生活習慣病のGWASにとりくみ多くの疾患関連ゲノム情報の同定を行ってきました。しかしながら、現在まで沖縄県出身者を対象とした解析はほとんど行われていません。したがってこれから得られる沖縄県出身者を対象とした解析により、多くの新しい情報が得られることが期待できます。